【第38号】日本−鬼の大松に率いられ「東洋の魔女」躍る
(64年東京・バレーボール女子)
★テレビ視聴率66.8%!
日本が史上最多16個の金を獲得した東京大会で最も注目された競技、といえば、誰もが五輪初採用のバレーボール女子を挙げるだろう。
鬼の大松こと、大松博文監督が率いた日紡貝塚は61年から64年まで国内外で157連勝。その日紡を主体とする全日本は、欧州遠征でソ連などを下し全勝、「東洋の魔女」の異名をとり、勝って当然、「(ソ連戦の)23日だけがオリンピック」とまで言われた。
日本チームに尾行をつけて8ミリカメラで撮影し、打倒日本にかけていたソ連との最終戦。ソ連のミスで日本の勝利(3−0)が決まると、会場の駒沢屋内球技場は文字どおり、ウォーンというどよめきで揺れ、テレビ視聴率は66.8%を記録。この数字は、現在もスポーツ中継史上最多の視聴率として残っている。
回転レシーブを編み出し、徹底したスパルタ指導で鍛えた大松監督。「俺についてこい」は流行語にもなった。“ノッポ”こと、主将でセッターの河西昌枝は現日本協会女子強化副委員長として、アテネ五輪でのメダルを目指している。
〔写真:1964年東京五輪のバレーボールで優勝して喜ぶ日紡貝塚の選手を中心とする日本チーム。左端が河西主将〕
|